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活動報告

2016年度

◎出前でこんにちは、市川房枝ですin一宮(3.18)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」⑫ 日本社会は性犯罪とどう向き合ってきたか(3.11)詳しく読む

◎国の第4次男女共同参画基本計画と2017(平成29)年度予算案を聞く会(2.23)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」⑪ハンセン病から何を学ぶか(2017.2.18)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」⑩医療を変える・福祉を変える~想像力と度胸で(2017.1.14) 詳しく読む

◎女性展望カフェ「日本と原発 4年後」上映会(12.15)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」⑨新潟県知事選と脱原発へのポリティクス(12.10)詳しく読む

◎『市川房枝の言説と活動』三部作完成記念イベント(11.25)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」⑧731細菌戦部隊・戦争責任・「責任の歴史学」を考える(11.19)詳しく読む

◎ジェンダー平等サロン「バックラッシュから何を学んだか」 ①②(6.28 / 10.18)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」⑦家族の法的責任 JR東海認知症事故最高裁判例について考える (10.8)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」⑥アフガン・対テロ戦争とタリバンの復活(9.10)詳しく読む
◎連続講座「日本社会を考える」⑤放送の公共性とは何か(8.20)詳しく読む
◎脱原発1日セミナー(8.5)詳しく読む

◎韓国スタディツアー(7.25-30)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」④日本農業の今までとこれから(7.9)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」③「平和国家」の誕生ー戦後日本の原点(6.11)詳しく読む

◎連続講座「日本社会を考える」②気候変動と私たちの生活(5.14)詳しく読む

◎女性参政70周年記念事業「女性は政治を変えられるか」(4.18)詳しく読む
◎連続講座「日本社会を考える」①政治とカネ―金権政治脱却への処方箋(4.9)詳しく読む

 

 

 

 

 

 

 


出前でこんにちは、市川房枝ですin一宮(3.18)

3月18日午後、市川の郷里、愛知県一宮の「オリナス一宮」で出前を開催。縁のある8人のスピーカーが次々と発言した。市川の生家に近い浅野美和子さん(女性史研究者)は、市川が1974年、全国区から立候補した際の郷里での選挙演説テープを流しながら、市川の同級生や教え子らを訪ねて話を聞いたことなどを語った。伊藤康子さん(元中京女子大教授)は、10年がかりで昨秋完結に導いた『市川房枝の言説と活動』三部作は市川研究に欠かせないと、成果を述べた。そして同時代のきんさん、ぎんさんと対比しつつ、市川は本音で生きようとし、現実をよく知ろうとしたと。岩本美砂子さん(三重大学教授)は女性議員の少ない現状の中で「議員リクルートメントと過程モデル」のレジュメにそって候補者の供給と需要の関係について。神永れい子さん(女性首長を実現する会 愛知)は転勤生活の中で3人の子育てと食や水の安全に取り組み、今は郷里で女性の被選挙権確立のために運動をしていると。市川の生誕120年に尾西歴史博物館で企画展を担当した神田年浩さん(一宮市博物館)は、1956年元旦の朝日新聞尾張版掲載の画家三岸節子と市川の同郷対談記事を会場に回し、地元に市川の資料があまりないことを訴えた。佐藤ゆかりさん(三重の女性史研究会)は、市川ら女性議員が取り組んだ酔っ払い防止法はDV対策の法であったことや、1921年市川渡米時の大北日報記事から当時の日系社会でも市川は知られた存在だったと。鈴木規子さん(西尾市議)は1994年に小さな新聞記事を見て市川記念会の政治参画センターで市民派議員のサポーターとして学ぶこととなり、その後自身が議員になって現在5期目。誇りをもって議員活動をしていると。田内雅弘さん(萩原町郷土史研究会)は萩原小教員時代、地元でも忘れ去られていた市川のことを広く伝えようと児童とつくった紙芝居「だいこんの花」のDVDを上映した。

会場には72枚のパネルも展示し、来場した中野正康・一宮市長も写真に見入っていた(写真は、市長〈中央〉とスピーカー、主催者)。終了後は会場を移して交流会を行った。

連続講座「日本社会を考える」

⑫ 日本社会は性犯罪とどう向き合ってきたか(3.11)

講師の角田由紀子さんは弁護士で、福岡事件、東北大学事件などのセクハラ事件を担当、1986年から東京強姦救援センターのリーガル・アドバイザーを務める。折しも2017年3月7日、性犯罪の厳罰化等に関する刑法改正が閣議決定された。法制審議会刑事法(性犯罪関係)部会委員の1人として直接論議に携わった立場から、刑法改正の論点と経過を詳細に報告した。刑法が1907年に制定されてから実に110年、強姦罪を含む多くの条文は改正されずに来た。殊に性暴力被害は女・子どもの問題にしか過ぎないと、男性の利益の視点からしか扱われてこなかったこと、被害者側の視点が欠けたままだったことを指摘。東京強姦救援センターの仕事の中で初めて性暴力の被害者に出会って被害の実態を知り、自分自身の強姦罪への理解が現実とは大きく乖離していることを思い知らされたという。

93年国連総会で「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」が採択され、これが日本の中での女性に対する暴力への対応の指針になり、2010年「第3次男女共同参画基本計画」に「女性に対するあらゆる暴力の根絶」が設けられた。性暴力は人権の問題である。身体のみならず「人としての尊厳」を侵害する犯罪なのだと述べた。

(詳細は『女性展望』2017年5-6月号掲載)

 

国の第4次男女共同参画基本計画と2017(平成29)年度予算案を聞く会(2.23)

例年日本婦人有権者同盟と共催してきた「国の女性関係予算案を聞く会」が、今年からは市川房枝記念会女性と政治センターの単独主催で開催されることになった。

昨年と同じ内閣府、外務省、文部科学省、経済産業省、厚生労働省、農林水産省の6府省から、①第4次男女共同参画基本計画の2年目にあたる2017年度の予算案の編成方針と特色、②第4次基本計画の「成果目標」に関連づけた施策関係の予算案について、最新の説明を受けた。女性団体、地方議員、ジャーナリスト、研究者など40名近くが参加し、国の予算案に対する「現場目線」からの意見交換、要望が活発に行われた。

 

連続講座「日本社会を考える」

⑪ハンセン病から何を学ぶか(2017.2.18)

講師の鯨京眞知子さんは弁護士で、薬害エイズ、ハンセン病、薬害肝炎などの感染症の集団訴訟に関わってきた。1996年に「らい予防法」は廃止されたが、1907年からの90年間、隔離政策は継続されてきた。2001年の国賠判決は「らい予防法は憲法の人権条項違反」と宣言、ようやくハンセン病回復者は人間としての誇りを取り戻した。しかし、失った人生は取り戻せない。終生・絶対・強制という隔離政策の被害は、人間の尊厳を奪い去る患者自身の療養所生活、そして家族との断絶、家族に加えられる偏見・差別にも及ぶとその実態を具体的に述べた。
 隔離という厚い壁に遮られて、被害自体が隔離されてきたことへの無知、回復者の人たちと接する中でこんなに人間が生きる力があるのだと知った感動を語り、しかし今もなお偏見という見えない壁が残るという。ハンセン病補償法改正を求めて、日本だけでなくかつて植民地であった韓国と台湾も補償対象に入れさせ、請求者全員が救済されたことも報告。日本と韓国の弁護団の国際連帯による厚い友情があったと。 

私たちが生きて行く上で根源的なテーマ、人間の命とは何なのか。人間の生きるというのは何なのか。深い切り口で提示し、ハンセン病の問題に命のある限り関わっていきたいと語った。

 

連続講座「日本社会を考える」

⑩医療を変える・福祉を変える~想像力と度胸で(2017.1.14)

講師の大熊由紀子さんは朝日新聞科学部次長を経て、論説委員として医療・福祉分野の社説を担当。現在国際医療福祉大学大学院教授を務める。1970年代から度々訪れた北欧の国々には、「寝たきり老人」という言葉はなく、おむつをしていてもおしゃれができる文化を、半身不随でも自宅で1人暮らしができる仕組みを次々と発見する。そこで学んだことは生活をなるべく変えないですむようにサポートする「人生の継続性の尊重」や、自分の人生は高齢者自身が決めるという「自己決定の尊重」であり、どんなにハンディが重くてもふつうの生活が出来るように環境を整える「ノーマリゼーション」だったという。日本の老人は「寝たきり」なのではなく「寝かせきり」なのではないかと気づく。
高齢者介護については日本でも1963年の老人福祉法に始まり、2000年には介護保険法が施行されたが、介護保険法の忘れものが認知症であるという。認知症の人の入所施設とされた精神病院の実態を報告する一方で、寝たきり老人を起こす試みや精神障害を持つ子どもたちと町の人との交流の実践、やまゆり園の事件後に施設の塀を壊し、周囲とのふれあいを進めた人たちを紹介した。認知症になったら何も分からなくなるというのは誤解であり、慣れ親しんだ暮らしが大切で、支援者はできることを「判断してあげる」のではなく、本人の願いに耳を傾けて「実現する」ことが大切だと語った。

 

女性展望カフェ「日本と原発 4年後」上映会(12.15)

前作「日本と原発」(2014年)の上映会に続き、その後の新しい動きを加えたリメイク版(2015年。2時間18分)を上映した。さながら原発問題の集中セミナーで、各分野の第一人者に対する河合弘之監督のインタビューや解説などで構成。3.11直後の東電テレビ会議や、オリンピック招致、各地の裁判のニュース映像などもふんだんに使われ、この5年間の動きをまとめて見ることができた。著名な専門家に混じり、自らの現実と立ち向かっている福島県浪江町の馬場有町長や同町請戸の女性が語った言葉は悲痛で、重かった。

上映後、今回も河合弁護士から話を聞いた。原子力ムラにも亀裂が生じ、文科省などの原理主義派は衰退、安倍首相や経産省などの実利派も国内では無理だからとトップ外交で進めた原発輸出もベトナムからキャンセルされた。いずれ原発反対派が勝つのは自明の理だが、それまでに事故が起こると困る。原発はすべての社会問題の中で最も重要だ。ひとたび事故が起きると、社会の基盤が失われ、個別の問題などは吹っ飛ぶからだ。これからの運動の戦略は、①各地で原発差し止めの仮処分を求めていく(本訴は時間がかかり過ぎるので)、②自然エネルギーは絶対儲かるということを広めていく、③原発反対の世論を高めていくことだと語り、市民がすぐできることとして自然エネルギー電源への切り替え手続きを促した。

 

連続講座「日本社会を考える」

⑨新潟県知事選と脱原発へのポリティクス(12.10)

講師の立教大学名誉教授(政治学)五十嵐暁郎さんは新潟県出身で、10月の同知事選に直接関わった体験を含めて語った。

現職泉田知事の突然の立候補中止と、その後の自公及び野党の候補者擁立の経緯から解説した。原発再稼働に賛成の電力労組を傘下に持つ連合と、知事選に消極的な民進党が知事選から離脱。結果、森民夫・前長岡市長(自公推薦)と、医師で、民進党を離党した米山隆一・前民進党新潟5区支部長の事実上の一騎打ちとなった。多くの政策を双方で掲げたが、選挙での争点は原発再稼働の可否にしぼられ、再稼働反対の米山候補が圧勝。同県知事選初の野党候補の勝利となった。

福島第1原発事故以後、原発に関する様々な情報がマスコミにも流れるようになり、「安価で安全」なエネルギー源という宣伝の虚偽性も明らかになった。各地の裁判での脱原発派の勝訴や原発立地県での脱原発候補の勝利、高速増殖炉もんじゅの廃炉など、少しずつ脱原発の方向に動いているが、使用済み核燃料を我々の子孫の世代に残していいのか。

科学的判断だけでなく、諸外国のように、脱原発の議論に哲学者や宗教家を含めた倫理的な判断が求められる。今回当選した米山知事にも脱原発後の政策の提示を望みたい。

 

 

『市川房枝の言説と活動』三部作完成記念イベント(11.25)

午前中は、三部作の編者である市川房枝研究会の公開セミナー。2005年発足以来の研究会メンバー10人が勢揃いし、「私の伝えたい市川房枝」をそれぞれ報告した。

午後の記念講演会では、JT生命誌研究館館長の中村桂子氏が「市川房枝に学び、女性の生き方を考える」をテーマに講演。1932年東京四谷生まれの中村氏は、当時市川も四谷見附に住んでいたこと以外は接点がなかったが、先行き不透明な時代に必要な「本質を問う・時代認識を持つ・権力からの自由」を市川は持っていたのではないかと語った。
専門の生命誌の話では、125万種を数える生き物は38億年前に誕生した一つの祖先をもち、人は金融資本主義と科学技術を信奉する社会と、自然の中で生きている。経済、科学技術を押し進める中で環境破壊が進んで身体や心も破壊し、とくに3.11後は破壊力が増幅されている。そのような中で福島県喜多方市で10年以上、小学校農業科の授業を続けており、土地のお年寄りから通年で学ぶ子どもたちは笑顔や交渉・表現・コミュニケーション能力を高め、生きる力をつけ、人や他の生きものとのつながりの中に自分がいることに気づく。この取り組みは萩市や雲仙市などでも始まっていると語った。またアダム・スミスの「道徳感情論」「幸福論」を紹介しながら、物々交換から始まった経済には心が伴い、それはいのちと対決するものではなかったとして、現在のグローバル化した経済に警鐘を鳴らした。また幸田露伴の「幸福三説(努力論)」も引用して、市川が、自分は預かれなくてもよしとして一生懸命植えた木を私たちは育てているだろうか、と内省を呼びかけた。
続いて、元時事通信記者の長沼節夫氏が「出たい人より市川房枝」をテーマに、晩年国会の内外で市川を取材した経験から、その活動を闊達に伝えた。

夕方からは記念パーティも行った。 

*詳細は「女性展望」2017年3-4月号掲載予定。

 

連続講座「日本社会を考える」

⑧731細菌戦部隊・戦争責任・「責任の歴史学」を考える(11.19)

講師の松村高夫さんは慶応大学名誉教授で、専門は社会史・労働史。家永教科書裁判・731部隊裁判等に関わり、現在NPO中帰連平和記念館理事長を務める。
日本の関東軍防疫給水部と称した731部隊の実体は、細菌戦のための研究開発機関であり、1932年から33年にかけて研究を開始。ハルビン南東の4つの村の人々を立ち退かせて巨大な施設を建設した。恐るべき実験の詳細をいくつかの資料を挙げつつ報告。人体実験で中国人3000人が犠牲になり1人の生存者もいなかったこと、最初から人体実験をして細菌兵器を開発したという点で、アウシュビッツよりも残酷であったといえると述べた。 
戦後細菌戦のノウハウは全て米国が持ち去り、引き換えに戦犯免責された部隊幹部は口をつぐみ、隊員も口外を禁じられたために、731部隊の史実は長い間表面に出ることがなかった。30年を経て『魔の731部隊』(吉永春子)や『悪魔の飽食』(森村誠一)がこれを暴き、研究員の1人は事実を書き残した。また、中国での人体実験、細菌戦被害者の訴訟は敗訴に終わったものの、60年以上前の歴史的事実が明らかになった点で重要であるという。最近の731部隊・細菌戦に関するさまざまなグループの結成と活動も紹介。731・細菌戦部隊の解明は、侵略と植民地支配がもたらした諸問題に関する日本の歴史改ざん主義への批判の運動の一環として位置づけられるべきものと断言した。

 

ジェンダー平等サロン「バックラッシュから何を学んだか」①②(6.28 / 10.18)

昨年度まで実施していた「ジェンダー平等政策サロン」を本年度は衣替えし、「ジェンダー平等サロン」として2回行った。ジェンダー平等社会の実現に向けて、女性たちが様々な場で直面してきた経験―周囲の反発、メディアによるバッシングなど―を共有し、現在そして今後も起こりうる同じような問題にどう向き合うかを話し合うため共通テーマを「バックラッシュから何を学んだか」と設定。延べ60名の参加を得て、参加者からはそれぞれの経験やバックラッシュへの対応の工夫について活発な発言があった。

 

第1回(6月28日)は前半で、藤原房子さんに財団法人日本女性学習財団理事長時代に経験した、財団の出版物に対する国会議員からの理不尽な攻撃とそれへの対処について話題提供をしていただき、ティーブレイクをはさんで、後半は参加者全体の話し合いに移った。バックラッシュは形を変えて繰り返されており、その場は国内に留まらず、国連女子差別撤廃委員会の日本政府審議の場にもNGOとして登場しているという報告もなされた。

 

第2回(10月18日)は、「自治体で経験した男女平等―バックラッシュから何を学んだか」の演題で、東京女性財団の設立(1992年)から廃止(2002年)に至る経緯について、都職員として行政の立場から直接係わられた金子良江さんのお話を伺った。

同財団は、男女平等参画推進の施策が高揚した90年代の時代状況を背景に、「男女平等の社会風土づくり」を目的に、鈴木俊一都知事の下で公設民営の機関として設立された。行政ではできない、さまざまなジェンダー意識高揚のための取り組みがなされ、2005年には東京ウィメンズプラザを開館した。しかし、「社会風土づくり」の事業は、短期間に実質的効果を期待できない上に、事業評価が困難であった。そのため都の財政悪化とジェンダーフリー・バッシングの波に乗った行政トップの財団廃止の方針に、組織の中から強い抵抗勢力が生まれず、解散に追い込まれた。

金子さんは、男女平等の意識変革を目指す事業は、価値を共有しない人への配慮や、分りやすい情報発信が重要であると指摘された。

 

連続講座「日本社会を考える」

⑦家族の法的責任 JR東海認知症事故最高裁判例について考える (10.8)

講師の住田裕子さんは東京地検検事、女性初の法務省民事局付検事・法務大臣秘書官を経て、96年から弁護士、現在NPO長寿安心の会代表。 
2007年に起きたJR東海認知症事故損害賠償請求訴訟について解説。名古屋地裁・高裁の1・2審では、認知症男性の妻と長男あるいは妻だけを、法定の監督義務者であり損害賠償請求の支払い義務があるとして有罪判決。しかし最高裁では無罪判決が出た。最高裁が示したのは、現実に具体的に加害防止のための監督ができるかどうかという視点であり、法定の監督義務者についての検討の経過を詳細に説明。法律の求めるものは容易かつ可能なことで、「法律は無理を強いない」のだという。さらに、残された問題点について成年後見人や介護施設の責任者など、どこまでこの判例が及ぶかについて述べた。
また、成年後見人について、親族が多いが残りは司法書士・弁護士・税理士がなっていること、費用・業務内容(朱として財産管理)などを説明。遺言・相続対策では遺留分・特別受益・遺言の日付など基本的な留意事項とともに大切なこととして、介護や終末期医療のあり方、葬式、お墓などの祭祀継承者を明らかにしておくことなどを挙げた。

 

連続講座「日本社会を考える」

⑥アフガン・対テロ戦争とタリバンの復活(9.10)

講師の多谷千賀子さんは東京地検検事、法務省刑事局付検事、旧ユーゴ戦犯法廷判事、最高検検事等を歴任し、現在法政大学法学部教授を務める。9.11テロ事件をきっかけにして起こったアフガン・対テロ戦争の法的枠組みや構図、タリバン創設者オマル死後の後継者と和平の行方について、分かりやすく詳細に解説した。法的枠組みではアメリカは国連憲章の自衛権の発動として対テロ作戦を始め、イギリスとオーストラリアは集団的自衛権を認める北大西洋条約や太平洋安全保障条約の加盟国として、集団的自衛権を発動して参戦した。トルコは国連憲章の集団的安全保障措置ISAFに参加し、アメリカ軍機に対する給油や領空使用は認めたが、大統領エルドアンはタリバンに対する戦闘任務を断固拒否した。翻って日本の集団的自衛権の議論は形式的な違憲論だけで、今まで集団的自衛権として戦われた世界の戦争はどういうもので、集団的自衛権を認めている国はそのとき何をしたのかという実質的議論をすべきだと述べた。日本の政治家がエルドアンのような強い立場をとれるだろうかと問いを投げかけた。

 

連続講座「日本社会を考える」

⑤放送の公共性とは何か(8.20)

講師の大森淳郎さんは現在放送文化研究所の上級研究員で、NHKではディレクターとして主にドキュメンタリー番組を制作。2009年制作のETV特集「戦争とラジオ」、2010年同「敗戦とラジオ」のうち、今回は「敗戦とラジオ―放送はどう変わったのか」を上映。古い音源から掘り起こされたのはGHQ構成による「真相はこうだ」、街頭録音、「日曜娯楽版」などで、当時のNHK職員やアナウンサーの証言が織り込まれる。上映後、大森さんは「日曜娯楽版」のプロデューサー丸山鉄雄の「私はマイクである」と、解説室主管中沢道夫の「放送の自由・覚書」を取り上げ、敗戦をまたいで変わったふりだけをした人たちと、本当に変わらなければいけないと思った人たち、戦時中の放送に絶対に戻ってはいけないという決意を持ってやり続けた丸山さんや中沢さんのような大先輩がいる。その伝統にくみしたいと語った。GHQの検閲がなくなった1949年から59年までの日本放送協会放送準則の「政治」の項にあったのは「放送は公共性の立場から政府の政策を決定させることに協力するものであるが…」。どこかで聞いたような文言だった。それは戦時中の42年、逓信局からNHKに対する指導の中にあった。放送は不偏不党だが形式的に一切の平等を意味するものではなく、「あくまで放送の本質国政への協力という尺度に照らして解釈されねばならない」と。敗戦を境にして何が変わったのか?本当に変わったのかどうかは常に検証されなければならない。放送と権力の関係が大きな問題となっている現在、それは私たちの役割であるとともに、視聴者にも見守ってほしいと訴えた。

 

脱原発1日セミナー(8.5)

8月5日、毎夏恒例の「脱原発1日セミナー」を開催。今年は「いのちを育み、暮らし続けられる社会をめざして」をテーマに、11都県から女性地方議員を中心に約60名の参加があった。まず小出裕章さん(元京都大学原子炉実験所助教)の基調講演「3.11から5年―なぜ日本は逆戻りをしているのか」はアウシュビッツ強制収容所と広島原爆のショッキングな写真の大写しから始まった。その被爆国日本で、原子力は夢のエネルギーだと教育現場などを通して国民に植え付けられたこと、自戒をこめてほぼすべての国民がその夢に酔い、原子力の暴走に加担したと語った。そして「3.11」による汚染の広がりと、現場で放射能封じ込め作業従事者の過酷な被曝実態を明らかにし、このような事態を招いた背景として日本が戦争責任を曖昧にしてきた国だと指摘。責任の所在を明らかにし、その軽重に応じて責任を取る、取らせる国にしないとまた悲劇が生まれると警告した。続いてシンポジウム「避難か帰還か、原発事故避難者の現実と課題」には熊本美彌子さん(福島原発事故被害者東京訴訟原告)、古川好子さん(原発避難者)、へびいし郁子さん(郡山市議)と、澤井正子さん(原子力資料情報室)がコーディネーターで加わった。今年7月現在で県外への避難者約4.1万人、県内避難者約4.8万人、9万人近い人々が家族やコミュニティを奪われ、不条理な生活変更を余儀なくされている。古川さんは、「被災者の立場にならないとわからない。被災してから気づくのでは遅い。私たちは次に被災する人たちの『前例』なので、よくみていてほしい」と訴えた。

 

韓国スタディツアー(7.25-30)

7月25~30日、「女性の政治参画と韓国社会・人権を学ぶ」をテーマにした韓国スタディツアーに女性地方議員ら20名が参加した。
ソウルでは、国会とソウル市議会で女性運動・女性の政治参画について交流を行い、戦争と女性の人権博物館、ソウル市NPO支援センターなどを訪問。続いて独立記念館(天安市)、5・18民主化運動記録館(光州市)、ハンセン病博物館(小鹿島)、民主抗争記念館(釜山)、朝鮮通信使歴史館(同)を見学した。

(詳細は『女性展望』11-12月号で掲載予定)

 

連続講座「日本社会を考える」

④日本農業の今までとこれから(7.9)

農業ジャーナリストの榊田みどりさんは、学生時代から農村現場を歩いて30年、明治大学客員教授、コミュニティスクールまちデザイン理事を務める。メディアの報道する農業と現実の農業には、ギャップがあるとはじめに述べ、農業の担い手の減少、減り続ける農地面積や生産農業所得など農業の現状を解説。酪農・畜産分野では牛飼育用の飼料は輸入への依存度が高いため、その基盤は脆く、酪農家が減少している現状を示し、それは消費者にはバター不足や牛肉の値上がりとなって現れるという。
農林水産物の輸出振興は安倍政権の目指す農業の成長産業化の重点項目の1つであり、2020年に1兆円とする成果目標が掲げられ、16年1月の達成状況の評価は「現時点で十分進捗」のA評価になっている。しかし、数字上は輸出額が増加しているものの、清涼飲料水・醬油・味噌・菓子などの加工食品の輸出増であって、国産農産物の輸出増につながる食品はごく一部で、農家とは直接無関係の部分での増加にすぎないと指摘。都市住民にとって農業問題は遠い存在と思われがちだが、私たち消費者にとって切実な食料問題であり、都市と農村の共生に向けての新たな取り組みとして、山形、長野、九州、北海道の地域自給の動きを紹介した。それらは地域を基盤に新たな生産・流通構造や都市と農村の新たな関係・共生を模索するものだと述べ、私たちの日々の食の選択が日本農業に繋がり、どの食品を選ぶかは選挙の投票行動と同じだと結んだ。

 

連続講座「日本社会を考える」

③「平和国家の誕生」―戦後日本の原点(6.11) 

講師の和田春樹さんは東大社会科学研究所に38年勤めた。専攻はロシア近現代史・現代朝鮮研究。日本の「平和国家」論の3つの要素として、戦後平和主義の基盤・かたち・内容をあげる。それは日本国民の敗戦体験、天皇とその周辺が押し出した「平和国家」という国家目標、そして敗戦知識人の非武装国家主張だという。 

194594日帝国議会開会式における天皇の勅語を「平和国家」の確立と新聞は大々的に報じたことや、石原莞爾・森戸辰男・村岡花子ら知識人の非武装国家案を紹介し、憲法9条への流れを説いた。朝鮮戦争を契機とした自衛隊の発足をもって、「平和国家」日本は非武装国家ではなくなったが、非戦国家としての平和国家は存続し、その理想は生き続けていると語った。平和外交の国として生きることこそが非戦国家の第1の課題であり、北朝鮮への制裁や圧迫を加える現状では、平和国家が泣くと力説した。

 

連続講座「日本社会を考える」

②気候変動と私たちの生活(5.14

講師の浅岡美恵さんは弁護士で公害問題・消費者問題が専門。1998年から気候ネットワーク代表として温暖化問題を中心とした環境問題に取り組んできた。

2015年12月、パリ協定が採択され、全ての国が今世紀中に地球平均気温上昇を2℃未満に、化石燃料(石油・石炭など)からのCO2排出を、実質ゼロにすることに合意した。日本の3.11原発事故の後、欧米諸国では再生可能エネルギーの大量導入が進んでいるが、当の日本では遅々として進んでいないと指摘。事故直後原発稼働停止でも電力供給が安定していたのは、省エネ推進と風力・太陽光などの再生可能エネルギーの拡大によるものであったこと、2014年原発停止中にCO2排出量が低減し、脱原発とCO2削減が両立したことなどをあげ、原子力に依存しない温暖化対策を目指すべきだと述べた。しかし、現在日本のエネルギー政策は3.11震災前の原子力・石炭中心の政策に回帰中である。国際的に見て日本の温暖化対策は様々な点で遅れており、国内にあっては国民の気候変動問題についての関心や知識が低く、温暖化対策が「生活の質を脅かすもの(不便になる)」という考えを6割の人が持つ(G7各国では3割)という調査結果を紹介。これは国民に温暖化について正確な情報が届いていないことであり、政策の問題だと指摘し、温暖化防止対策で生活は改善されると実践を促した。

 

女性参政70周年記念事業「女性は政治を変えられるか」(4.18)

昨年から2年計画で進めている女性参政70周年記念事業のひとつ、標記のシンポジウムが東京・永田町の憲政記念館で行われた。主催者あいさつ、市川房枝によるレコード「婦選の話」のDVD上映に続き、基調講演は浜矩子さん(同志社大学大学院教授)。「政治を担う女性たちよ、荒野で叫ぶ声たるべし」をテーマに、まずエコノミストとしてアベノミクスの真相を語った。次いでキリスト教旧約聖書のイザヤ書を引いて、体制に押し流されることなく、自らの信念を貫き通す預言者、警告者であってほしいこと、その声は疑問を提示し、「王様は裸だ」と宣言でき、弱者のために叫び、人のために泣ける声だと訴えた。
DVD「初の女性代議士たち」を初上映後は、主要6政党の女性国会議員によるシンポジウム「女性は政治を変えられるか」。小池百合子さん(衆院・自民)、辻元清美さん(衆院・民進)、高木美智代さん(衆院・公明)、畑野君枝さん・(衆院・共産)、福島みずほさん(参院・社民)、糸数慶子さん(参院・無所属)らが、次々に議員として達成感をもって実現した政策や、女性議員をどうしたら増やせるか、方策を語った。コーディネーターは堂本暁子さん(元参院議員)。
会場内では「女性参政権のあゆみ展」も行われ、496席の会場は全国各地の女性地方議員ほかで満席となった。
【詳細は『女性展望』5-6月号掲載】

 

連続講座「日本社会を考える」

①政治とカネ―金権政治脱却への処方箋(4.9)

講師の岩井奉信さんは日本大学法学部教授で、専門は現代日本政治。政治改革推進協議会委員を務める。今、与野党を問わぬ政治とカネ問題が噴出し、政治不信が大きくなっている。「政治とカネ」には政治資金の調達としての「入」と、使い道としての「出」という2つの側面があり、政治資金規正法は「入」だけしか規制していない。規制と抜け道探しのイタチごっこを繰り返してきた歴史を持つザル法であると。何故政治にカネがかかるのか。ワイロ性を持つ企業・団体献金禁止も単純ではないとして、とりあえず求められる処方箋を挙げた。①現金授受を禁止し、跡の残る指定口座制にすること。②政治資金収支報告書を中央と地方に分けず一元化し公開すること。③政治資金規正法の改正により政治資金の「収受」(入)を政治資金の「収支」(「入」と「出」)として、国民の疑惑を招かないようにすることなど、5点である。より見やすく公開し、さらに公開性を高めることが最も求められることだと結んだ。