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婦選アーカイブス

日本基督教婦人参政権協会と久布白落実

日本基督教婦人矯風会は1886(明治19)年の創立以来、廃娼運動を主流としてきたが、1921(大正10)年7月、矯風会内に日本婦人参政権協会(のちに日本基督教婦人参政権協会)を発足、久布白落実が代表となった。婦人参政権獲得を目的に結成された初の女性団体である。

23(大正12)年、関東大震災が発生、その被災者救援活動を契機に婦人参政権協会を中心に女性団体が結束、東京連合婦人会が結成された。救援活動をさらに進めるため婦人参政権が必要との声が高まった。

24(大正13)年、婦人参政権協会は「市町村における婦人公民権の承認」の要求書を加藤高明内閣に提出している。

こうした中、同年暮れ、婦人参政権獲得期成同盟会(翌年、婦選獲得同盟に改称)を創立、久布白落実は総務理事に、市川房枝は会務理事となった。久布白は5年間、同盟の中心として任に当たっていたが、2つの団体との兼務はこれ以上できないと「辞任届」を提出した。

史料の中には、久布白の書簡が多く残されている。
(『女性展望』2011年7月号 掲載)

婦人参政権協会機関紙

1934(昭9)年4月発行

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