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婦選アーカイブス

選挙粛正運動に参加した女性団体

政党政治下における選挙腐敗と汚職続出を背景に1935(昭和10)年5月、内務省主唱で選挙粛正中央連盟が発足した。選挙粛正には女性の力が求められ、評議員として市川房枝、島津治子、守屋東、山脇房子、吉岡弥生の5名が任命された。

 

女性の立場からも粛正運動は行いたいと、35女性団体が大同団結し、同年8月、委員長吉岡弥生(東京連合婦人会)、役員に市川房枝、ガントレット・恒子、田中芳子、大妻コタカらが就き、選挙粛正婦人連合会を結成。ここでは婦選要求運動を行わない事を約束させられたが、婦選を理解する清い政治家選出の応援団的存在として中央連盟に加盟した。

 

「選べ人物・いかせ一票」の標語ステッカーや市民配布のリーフレットなどがあり、第1回講演会開催ポスターには新役員の名が連記されている。

 

翌年の総選挙後、婦選獲得同盟が挙げる参政権要求、女性の政治教育に目を向け、運動を市政と関わる東京愛市連盟婦人部結成(37〈昭和12〉年)に継続させている。

写真

選挙粛正婦人連合会常任委員会 挨拶する吉岡弥生 1935(昭和10)年12月11日

ちらし

選挙粛正婦人強調日に配布されたチラシ 1936(昭和11)年2月15日

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