• 「市川房枝」ってどんな人なの?
  • 婦選 アーカイブス
  • アクセス

婦選アーカイブス

「子供の村・母様学校」と平田のぶ

1931(昭和6)年2月、東京・深川の同潤会アパート内に、当時としては画期的な児童福祉施設「子供の村」が誕生した。「子供の村」は保育所だが、子供だけの集団ではなく、親たちの「母様学校・父様学校」、地域ぐるみの活動「自治と協同」への教育目標を構想、常に母性の立場でその運営を担ってきたのは平田のぶである。「子供の村開設十年の会趣意書」には“街の母”的存在としての平田の運営方針を支え、評価している。

 

平田は、広島師範付属小学校教師当時、新婦人協会の平塚らいてうを招き講演会を開催(1920〈大正9〉年)、広島支部を結成したが、県当局から政治色を指摘され、翌年退職した。婦選獲得同盟結成後の早い時期から中央委員などの幹部として婦選運動に参加、母性保護・東京市政浄化運動などでも活発な発言力で活動を進めていたことは、獲得同盟宛に寄せられた書簡でも窺い知ることができる。

左下:逆立ちを指導する平田

子供の村開設十年の会編集

1941(昭和16)年2月発行

平田のぶ 書簡

「婦選アーカイブスの一部をご紹介」に戻る