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婦選アーカイブス

婦選獲得同盟機関誌『婦選』から『女性展望』へ


『婦選』は1936(昭和11)年1月号より『女性展望』と改題した。27(昭和2)年創刊号から若き彫刻家木村五郎の手による表紙であったが、改題後は、時代を象徴する女性の姿写真入りの表紙へと変わった。また内容も婦選獲得同盟の機関誌記事から一般女性向けとする編集方針とした。


国防婦人会員2万名といわれた日中戦争時、編集内容の転換も止むえない時勢であったが、改題1号には従来通り「女性の立場から見た社会時評」の座談会(石原清子・金子しげり・丸岡秀子ら)や各界で活躍する幅広い女性群(竹内茂代・平林たい子・望月百合子ら)からの「近頃の婦人傾向」についてと、社会に目を向けた記事を掲載。その自筆の回答はがきには従来と変わらぬ率直な意見がしたためられている。

 

しかし戦時体制で警視庁による雑誌の統制は家庭婦人雑誌にも及び、3誌を合併するようにと指示を受けたが実現せず、41(昭和16)年8月号が最終刊となった。市川の無念を込めた廃刊挨拶状も残されている。

木村五郎の表紙『婦選』

改題した『女性展望』

読者アンケートの回答はがき

 

『女性展望』の廃刊届

1941(昭和16)年9月29日付

 

 

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