• 「市川房枝」ってどんな人なの?
  • 婦選 アーカイブス
  • アクセス

婦選アーカイブス

ILO(国際労働局)東京支局在職時代の市川房枝

ILO東京支局が新設されたのは1924(大正13)年3月である。開局前年、ジュネーブのILO本部浅利順四郎は、かつて友愛会婦人部書記を経験し、米国での女性労働運動調査などを手がけていた市川房枝(当時在米中)に着目、新設の東京支局職員として、女性労働運動部門担当を依頼した。

 

市川は24(大正13)年1月帰国、国際労働協会婦人労働委員会にも参加、活動を展開した。婦人労働委員には、渡辺松子、野坂竜、河崎なつ、金子しげり、帯刀貞代なども委嘱されていた。最初の調査(26年3月)は「炭鉱における婦人の坑内労働」を取り上げた。

 

「婦人問題大演説会」のビラは、25(大正14)年5月足尾鉱山(全日本鉱夫総連)で開催したもの。また委嘱委員と全国各地を視察、「婦人の坑内労働禁止問題に関する調査報告書」を安部磯雄委員長に提出した市川自筆の草稿が残されている。その後「紡績業及び製糸業における女工の実態調査」など続けたが、27(昭和2)年末、ILO東京支局を辞し、婦選運動に専心した。



常磐炭坑の視察調査

前列右端が市川房枝

1926(大正15)年3月

「婦人問題大演説会」のビラ

講師は市川ほか

25(大正14)年5月30日~31日

市川自筆の「婦人の坑内労働禁止問題に関する調査報告書」

26(大正15)年4月24日

 

 

「婦選アーカイブスの一部をご紹介」に戻る