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廃娼問題関係資料


公私娼廃止の運動は、女性の人権擁護問題としての大きな視点であろう。早くは明治初期から矢島楫子の婦人矯風会が主体となり、廃娼運動は発火した。

 

当史資料中の廃娼関係は、関東大震災で焼失した遊郭復興の動きに対して反対運動を起こした1923(大正12)年以降から所蔵している。

 

この機に公娼全廃を「国民に訴ふ」との全国公娼廃止期成同盟会(発起人=ガントレット・恒子、羽仁もと子、嘉悦孝子ら)の呼びかけ文や男女合同の廃娼団体・婦人矯風会が各県地方議会宛に提出した請願書類が残されている。

 

また26(大正15)年の夫の貞操義務を認めた大審院判決は、当時世間が注目した判決で、その講演会のちらしや、28(昭和3)年、大阪での「公娼全廃遊廓撤廃 母性絶叫大講演会」のちらしも高揚を伝えている。

 

公娼廃止の声が高まる中、公娼存置論を叫んだ「全国貸座敷連合会臨時大会(35〈昭和10〉年2月)での代議士諸氏の発言録を含めた一綴りは、戦前日本は、国家が売春婦の存在を認めていた証しでもある。

 

売春根絶を目指す運動は、戦後の市川房枝が柱となり、超党派女性議員と提出した「売春防止法」制定に繋がっている。



「国民に訴ふ」

全国公娼廃止期成同盟会

1923(大正12)年11月

母性絶叫大講演会講師・林 歌子、恩田和子、賀川春子ら20名

1928(昭和3)年5月

大阪・天王寺及び中央公会堂にて

 

 

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