• 「市川房枝」ってどんな人なの?
  • 婦選 アーカイブス
  • アクセス

婦選アーカイブス

国民皆兵と女性


太平洋戦争末期、本土決戦必至の敗戦間際に、国の国民皆兵対策は女性にも及んだ。これまで女は銃後にあって戦力への増産、勤労動員体制下にはあったが、1945(昭和20)年6月22日公布・施行の「義勇兵役法」によって、女子も満17歳から40歳を対象に戦闘隊員になることが義務付けられた。

 

「国民義勇隊組織ニ関スル件」(3月閣議決定)、陸軍兵務局長の談話(6月24日)要旨には「初めての兵として光栄を担う婦人諸姉、男子と共に闘魂発揮して、本土決戦に活躍を切望」と女子を含めた国民皆兵の意図が述べられている。

 

当時の戦時立法関連はほとんどが陸軍省が関与し、「婦人義勇戦闘隊ニ関スル懇談」会の開催も兵務課主催。出席者には市川房枝、山高しげりら著名な女性たち他、各新聞社の女性記者、女性雑誌社名が記されている。

 

市川房枝の戦争協力には批判もあるが、市川が国策に関連する審議会委員の委嘱されていたこともあって、これらの敗戦目前の緊迫した状況を伝える貴重な史料群が残されている。また当婦人参政史資料の戦前期最後の文書でもある。


「朕義勇兵役法施行令ヲ裁可シ茲ニ之ヲ公布セシム御名御璽」

昭和20年6月22日

「婦人義勇戦闘隊ニ関スル懇談 兵務課」出席者名簿

昭和20年7月19日

 

 

「婦選アーカイブスの一部をご紹介」に戻る