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戦後対策婦人委員会の結成―市川の戦後運動の始動

戦後対策婦人委員会が設立されたのは、敗戦10日後の1945(昭和20)年8月25日である。市川は「戦前から何かと女性関係の活動をしていた人々が、立場を超えて、連帯責任をとるべき」と唱え、呼びかけた。郵便・交通手段もままならぬ当時だったが、「戦後対策婦人委員会名簿」には72名の各界女性群(赤松常子、河崎なつ、山高しげり、久布白落実、山室民子ら)の名が搭載されている。

 

最初の総会は9月24日、同委員会「規約」・「申合」に示されているように、占領下の女性問題、特に男子と同様の参政権要求とその実現に向け、政府、政党に働きかけることを協議、行動を起した。この活動を母体に、新しい日本を築くための女性組織として11月3日、「新日本婦人同盟」(会長市川房枝)結成につながる。


 

戦後対策婦人委員会委員の名簿

規約(案)

申合せ(案)

 

 

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