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婦選アーカイブス

新日本婦人同盟―初の婦人参政権行使に向けて

前回紹介した「戦後対策婦人委員会政治部」を母体に、婦人参政権を要求し、その実現を見越して、仮事務所を京橋竹河岸に置き、新たな女性有権者の組織「新日本婦人同盟」を結成した。1945(昭和20)年11月3日、創立総会開催、「綱領」(案)・「規約」(案)には「政治と台所の直結」・「女性の法律的、社会的地位の向上」・「男女同権で民主的、平和的な新日本の建設」を盛り込み、会長市川房枝、役員斎藤きえ、原田清子、長瀬タキエ、吉岡万里子らで運動を開始。初の総選挙に向けて機関紙『新日本婦人同盟会報』2号(46年1月1)に市川は「総選挙の手引き」を掲載、女性初の選挙権行使の指針とした。終戦直後の貴重な史料群である。

 

市川は各地での婦人参政権講演会に参加、啓蒙活動を行っていたが、47(昭和22)年3月公職追放となり、同盟会長を辞任、藤田たきが会長を継いだ。市川が追放解除後の50(昭和25年11月、「日本婦人有権者同盟」と改称、市川は会長に復帰した。


 


新日本婦人同盟仮事務所にて

左から3人目・市川房枝、右端・吉岡真理子、左奥・斉藤きえ

1945(昭和20)年10月

新日本婦人同盟の機関紙臨時号(1号)と2号

初の総選挙に向けて開催した講演会

東京・田村町の「飛行会館」にて

1945(昭和20)年11月

 

 

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