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婦選アーカイブス

日本婦人有権者同盟 ―女性運動の母体―

前回紹介した「新日本女性同盟」を引き継いで1950(昭和25)年12月1日、会名を「日本婦人有権者同盟」に変更、公職追放解除となった市川房枝を新会長として発足した。女性の政治への参加、特に市川の強い理念である国会との結びつきを重視し、市川の選挙を会員有志が熱心に支えた。

 

所蔵史資料は市川個人の所有していたものを中心に、発足当時の臨時総会内容記載の「本部ニュース」第1号(50年12月)をはじめ本部中央・常任委員会記録、地方支部の動き、選挙や各種行事に伴う広報活動の書類、ポスターやステッカー、また書簡類(藤田たき、斎藤きえ宛などを含む)など、70年代まで所蔵している。

 

公明選挙運動の「選挙費用一人分寄付運動」(推薦候補者一人分4円を有権者負担・52年)のポスターや街頭での写真、同盟の運動の主体である政治浄化、民主政治の確立への呼びかけ「きれいな政治は婦人の力で」・「婦人の一票で平和憲法を守りましょう」など今なお生きているスローガンのポスターやステッカーが残されている。

 



 

1952年10月1日の総選挙に向けて行った新宿駅頭での運動とポスター。

左の写真の左端が市川


機関紙『婦人有権者』1955年2月号付録のポスター

 

 

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