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婦選アーカイブス

超党派女性議員の結束

「婦人議員クラブ」の発会は1946(昭和21)年4月、初の女性代議士39名で結成された。当時市川房枝は議員ではなかったが、女性代議士の結束に尽力、事務所を婦選会館とし協力している。「発会記録」には、世話人は竹内茂代、山下春江、加藤シヅエらで、市川は顧問として名を連ねている。戦後間もない厳しい生活状況下、早速「食糧危機突破決議」(46年4月)を幣原喜重郎総理宛に提出、GHQへ救援要請を行った。
その後社会党所属議員の脱退によりクラブ解消、53年4月、参議院選挙で市川が当選、同月施行の衆議院選挙で当選した女性議員と共に超党派24名で「衆参婦人議員団」(のち「衆参婦人議員懇談会」と改称) を結成した。自筆の署名簿は発足当時のものと思われる。
以後「労働省婦人少年局廃止反対」、「売春処罰法制定運動」など、各種女性団体とも結束、戦後初期の女性人権問題、社会進出などを国政に反映させ、女性問題解決への大きな力となっていた。


 

婦人議員クラブ発会式

正面左端市川房枝、右手前は議長を務めた竹内茂代

衆院内会議室 1946年4月25日 

幣原総理宛「食糧危機突破決議」

婦人議員クラブ

1946年4月25日

 

衆参婦人議員団結成後の自筆の署名簿 1953年

 

 

 

 

 

 

 

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