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新憲法の制定

女性にとって戦前と戦後の大きな変わりようは、法の下男女平等の権利を認めた「新憲法」の制定である。1946(昭21)年11月3日公布、翌47年5月3日施行の新憲法は、日本の民主化を理念とするGHQの指示に基づくものであったが、主権は国民、戦争の放棄、そして基本的人権の尊重として成立した女性の権利について、当時の啓蒙的文書がある。

 

新日本婦人同盟は早速行動を起こし、12月3日新憲法公布記念「講演と映画の会」を行い、市川房枝が「新憲法と婦人の覚悟」を語っている。翌年5月施行記念には「都民レクリエーシヨン大会」(写真)が開催された。

 

日米講和条約(51年)以後、独立国として憲法改正の動きが表面化、「平和憲法擁護研究会」(53年有田八郎ら)の成立趣意書ほか、それを継承した「憲法擁護国民連合」(54年片山哲、有田ら)の創立から63年まで市川も世話人の1人であった関係で、憲法を守る運動関連資料を所蔵している。

 

余話だが、市川は81年の新年挨拶で「平和がおかしい。民主主義・平和・人間尊重・男女平等を保障する憲法の改悪問題をチェックするのは女性である」と。亡くなる1カ月前の重いメッセージである。

 

新憲法施行記念行事のポスター

1947年5月

婦人の日のステッカー 日本婦人有権者同盟

1947年4月

 

 

 

 

 

 

 

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