古代ギリシアに遡る「市民(シティズン)」という概念は、単に「都市の住民」にとどまらず、「政治に参加する人」であり、なおかつ、専門家に対する素人(アマチュア)という意味でもある。つまり、民主主義においては専門家に意思決定を任せないことが肝要であり、そのために市民を育てる学校教育が求められる。
イギリスにおけるシティズンシップ教育は、「社会参加の促進」と「政治的リテラシー(政治的判断能力)の向上」をキーワードとする。B. クリックによれば、政治の本質は対立の調停や異なる価値観の共存にあって、論争的問題の争点をいかに理解するかにある。換言すれば、全体主義の社会には政治はない。政治思想家ハンナ・アーレントが20世紀ナチス・ドイツの全体主義と対決するなかで強調したように、「『考えること(思考)』が人間を強くする」。
日本の教育基本法(第14条)は、政治教育を尊重するためにこそ政治的中立を掲げたにもかかわらず、むしろ政治的中立を盾に学校教育における政治教育が軽視されてきた。しかし、2015年に選挙権年齢が18歳以上に引き下げられたことから、これまでタブー視されてきた政治と教育の関係が問い直される大きな契機となる可能性がある。
例えば、1969年の文部省通達では「未成年者が政治的活動を行なうことを期待していないし、むしろ行なわないよう要請」していた。しかし、2015年通知においては、留意事項はあるものの「高等学校等の生徒が、国家・社会の形成に主体的に参画していくことがより一層期待される」として、目指される方向が大きく転換した。「現実の具体的な政治的事象も取り扱い、・・・具体的かつ実践的な指導を行うことが重要」と踏み込んでいる。
最近では、実践的な政治教育の試みが各地で取り組まれるようになった。政治に無関心とされる若者も一括りにはできず、高校3年生はかなり投票に行くが、高校を卒業すると投票率が下がる。大学における教育とともに、住民票の仕組みの問題も背景にある。(眞)
【イベント詳細】2022連続講座「“政治”を揺り動かす」第1回
講師 |
2022年5月14日(土)13:30〜15:30 「政治教育とシティズンシップ」講師:小玉重夫さん(東京大学大学院教育学研究科・教授) |
形式 |
オンライン(zoomウェビナー) |
参加費 |
1,100円(税込) |
定員 | 50名(要予約) |
【講師メッセージ】シティズンシップ(市民性)とは、政治に参加するということと、アマチュアであるということの二つの意味が含まれています。そのようなシティズンシップと政治教育との関係を考えたいと思います。特に、2015年6月に成立した改正公職選挙法により、2016年夏の選挙から18歳以上による投票が実現しました。18歳選挙権の実現は戦後史において大きな転換であり、戦後教育においてタブー視されてきた政治と教育の関係を問い直す契機となります。そうした背景をふまえて、政治、教育と市民との新しい関係の在り方を提示します。
【プロフィール】東京大学法学部政治コース卒業、同大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。慶應義塾大学助教授、お茶の水女子大学教授などを経て、現職。現在、東京大学大学院教育学研究科長・教育学部長。専門は、教育哲学、アメリカ教育思想、戦後日本の教育思想史。著書に『教育政治学を拓く』など多数。