2020年10月〜12月に国立歴史博物館(歴博)で「性差の日本史」展が開かれた。大変好評で若い人たちが多く訪れたことでも注目された。本講座はその成果を踏まえ、政治的側面に焦点を絞りジェンダーの視点から1800年に渡る壮大な日本歴史の旅へと、私たちを誘うものであった。
まず古代では、古墳には女性リーダーたちが埋葬されており、女性と男性は共に政治に携わっていた。埴輪には機織り作業も描かれ、女性たちは基幹産業も担っていた。木簡史料によれば田植えを命じた女性もいる。近年、鳥取県青谷遺跡で高松塚古墳と同じような絵が発見された。地方にも中央と同じように高い地位にいた女官たちがいたのである。
中世になると、中国から父系の律令制が導入され、男性支配の下に女性は有力指導者の地位から排除された。平安時代の絵図では女性は顔を出さず十二単の裾だけが描かれている。だが、天皇の母、皇后は自身の役所・荘園・役人を有し権力を持っていた。簡単に女性を排除することはできなかったのである。高山寺文書には「兵糧米を取るな」と指示する女性(八条院)について記した書状がある。展示では、この書状にイラストと現代語を添える準備をした。当初は、彼女の言葉として「お願い、とらないで」と。ところが、これは展示側のジェンダーを反映したものと気付かされた。八条院は強大な権力を持っており、その後、当時は女言葉もなかったことがわかり、書き直すことになった。
近世には大名・将軍家に表と奥があって、大奥では女性たちが将軍の寵愛を取り合ったという見方が一般に流布してきた。だが、最近の研究はそれとは異なる見方を提示する。江戸城の図絵によると、奥は日常的政治に関わり男性役人もいた。女性は将軍家と大名家を繋ぐ役割を果たしており、家単位の下で正妻は血筋を継ぐものとして重んじられた。表で将軍・大名が病気や後継がなく機能しないときに、母あるいは正妻がその役を担った。例えば、当主となった静寛院宮は男性的文体の業務日記を書き残している。
近代に入ると、明治新政府は近代国家の君主として国民の前に姿を現す男性天皇を構想し、女官の多くは免職された。廃藩置県を経て、政府は法律策定に取り組み、女帝についてはいざという時にありうるという意見が半数くらいを占めた。だが、井上毅は男性中心の国家建設を主導し、明治憲法では男系継承で、女性公民権の否定が明示された。女性は政治から排除され、その後市川房枝らが政治体制そのものと対峙しなければならなかった。しかし明治初期には、自由民権運動の高まりで地域によっては女性の政治参加も可能だった。展示では、山本作兵衛が描いた炭鉱で働く人々の絵も掲げた。坑内では子ども連れの女性もきつい労働に従事した。仕事を終えて家に戻ると夫は一杯とくつろぐこともできたが、妻は台所で食事の支度に追われたのである。
戦後、GHQの民主化・女性解放の動きの中で法制度の改革も進み、労働省婦人少年局はポスター「男女同一労働同一賃金になれば」を掲げ、「まず勇気を出して発言しましょう」と訴えた。これは上から一方的に行えたのか? 同省には戦前から活動していた山川菊栄、労働問題に携わった谷野せつがおり、地方職員室の現場での働きも大きかった。展示にあった同省製作の紙芝居「おときさんと組合」も紹介され、結末はどうなるかとの問いかけもあった。
最後に、歴史を学ぶことの意味について語られた。歴史を長い期間で俯瞰すると、狭い世界にいた自分を客観視することができ、その中で自分も歴史の中の一人として何ができるのかを考えることができる、何か力を汲み取ることができるのではないかと。(参考:歴博編『企画展示 性差の日本史』2020年、『新書版 性差の日本史』集英社、2021年)(金)
【イベント詳細】2022連続講座「“政治”を揺り動かす」第4回
講師 |
2022年10月15日(土)13:30〜15:30 「ジェンダーから見る日本列島の歴史1800年の旅」 横山百合子さん(国立歴史民俗博物館名誉教授) |
形式 |
オンライン(zoomウェビナー) |
参加費 |
1,100円(税込) |
定員 | 50名(要予約) |
【講師メッセージ】2020年秋、国立歴史民俗博物館では企画展示「性差(ジェンダー)の日本史」を開催しました。政治空間における男女、仕事とくらしのなかのジェンダー、性の売買と社会の三つのテーマに沿って、古墳時代から現代までの日本列島社会の歴史を遠望してみれば、現在、私たちの立つ位置が見えてきます。葛藤と闘いのなかにある現在から未来への展望もひらけてくることでしょう。1800年の旅をご一緒に楽しんでみませんか。
【プロフィール】日本近世史・ジェンダー史専攻。博士(文学)。神奈川県立高等学校教諭、千葉経済大学経済学部教授等を経て、国立歴史民俗博物館を2021年3月退職。編・著書に、『新書版 性差(ジェンダー)の日本史』(集英社インターナショナル、2021年)、『江戸東京の明治維新』(岩波新書、2018年)など。