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2023連続講座「日本の食料安全保障と農業政策」平澤明彦さん(農林中金総合研究所・理事研究員)

世界の食料安全保障

 これまで世界的な食料危機は10年に1度くらい発生しており、その原因として、異常気象、人口増加と経済成長、バイオ燃料需要の拡大、先物市場の投機資金増大、輸入超大国となった中国の動向などが挙げられる。

 2020年以降のパンデミック(新型コロナウィルス感染症)は新たな危機をもたらした。世界的なサプライチェーンが混乱し、とりわけ低所得国では飢餓人口が急増した。さらに、ウクライナ紛争(20222月〜)は主要な食料輸出国同士の戦争であり、安価な小麦の輸入に頼る低・中所得国に深刻な影響を及ぼしている。東アフリカの干魃もある。

 先進国にとって穀物価格の高騰は死活問題ではないとしても、低所得国と貧困層にとっては飢餓問題に直結する。必需品である食料を市場に委ねるリスクに対して、低所得国が自ら食料を生産できるようにすることが課題である。

 

日本の食料安全保障

 日本は第二次世界大戦後の食料不足を、輸入と米の増産によって対応する政策を進めてきた。高度経済成長によって得た経済力によって、国際的に値上がりしても欲しい食料を輸入できたが、近年、経済的地位は低下している。しかも、国際市場が機能するには平和が大前提となるから、大規模な食料輸入によるリスクを回避するには、最低限の国内生産を維持しなければならない。

 日本の食料安全保障にとっての鍵は、農地という限られた資源の有効活用である(肥料も輸入に依存しているので、節約と備蓄が必要)。日本は人口1人当たりの耕地面積が狭く、これが国際競争力の低さに結びついている。そのため、食料の輸入は不可避だが、安価な輸入農産物に圧されてしまい、農地不足にもかかわらず、耕作放棄などによって農業生産基盤が脆弱化してしまった。

 日本の農業保護は関税中心で、生産者への直接支払いなどの財政移転の割合が低い。したがって、米が過剰になっても、他の農(畜)産物の国際競争力がないため、米作からの転作が進まない。日本に限らず、人口1人当たりの土地資源が乏しい国では、農業の競争力が低下している。

経済発展に伴って食生活が変わるとともに農業生産品目も変化するのは世界に共通する。不安定な国際情勢のもとでの食料安保を検討するには、食料自給率にとどまらず、国内の食料の潜在生産能力を示す「食料自給力指標」が重要である。その推計によれば、日本は農業生産基盤の縮小によって、国民を養うのに必要な最低限の国内生産すら難しくなりつつある。食料安保は優れて(生産者ではなく)消費者の問題であることを強調したい。(眞)

 

*『女性展望』9-10月号に掲載予定の平澤氏の論稿も参照されたい。



【イベント詳細】2023連続講座「“政治”を揺り動かすⅡ―次世代へ希望のバトンをつなぐ」第3回

講師

2023年7月8日(土)13:30〜15:30

「日本の食料安全保障と農業政策」

平澤明彦さん(株式会社農林中金総合研究所 理事研究員)

形式

オンライン(zoomウェビナー)

参加費

1,100円(税込)

定員 50名(要予約)

【講師メッセージ】コロナ禍やウクライナ紛争によって食料安全保障が注目されています。日本は食料の輸入依存度が高く、買い負けなど経済的地位が低下するにつれて、将来にわたる安定供給の確保に懸念が増しています。しかも、国内では離農が進んで耕作放棄が増え、最低限の食料生産が難しくなりつつあります。このような状況になった背景には、日本の土地資源の制約

と戦後の農業政策があります。海外情勢も踏まえて、あるべき姿を考えます。

【プロフィール】東京大学大学院農学系研究科修士課程修了、東京大学大学院博士(農学)。研究分野は欧米の農業政策、食料安全保障政策など。「日本の食料安全保障について―基本的な論点と課題―」(2022年)など著作多数。